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歴女必見!@傑山寺の巻

今は戦国BASARAの影響で、片倉小十郎の名前が広がると同時に白石の名前も世に広がってきましたね!嬉しい限りです(●^o^●)
ぶっちゃけ…私も最近なんですよ、片倉小十郎に興味を示したのは!地元にいるとなかなかねえ…(笑)なので、歴女もどきのわたくし、わかが傑山寺に突撃してきました!!
*傑山寺とは*
1608年に初代景綱が妙心寺第十一世天心智寛大和尚を開山して建てたお寺です。
片倉家の菩提寺となり、1615年10月14日に病没した景綱はこの地に埋葬されました。敵にばれないように、墓石などのお墓は一切作らず、大きな大きな一本杉を墓標にしました。その後、代々のお墓となりますが、3代目景綱の代で白石城の見える愛宕山に移されます。まあこの話は後ほど…
では行ってきます☆
パネルクリックで拡大
着きました!ここから入っていくんです。
あ、白中生だ!懐かしー!私も白中出身なんです!…って話かけようとしたっけいねぐなったわ(._.)
矢印
あ、矢印発見!素直に従います。
お地蔵さん
なんて優しい顔のお地蔵さん!こんにちは!
松前家
ん?なんだこれ?松前家?あとで行ってみましょう。
苦しい階段
ちょっと苦しい階段…ファイトーいっぱーつ!ガンバレー元水泳部!!(笑)
苦しい階段
登り切ったぜ!…息切れが…。んーとここはどう行くんだべ?方向音痴だけど、右さ行ってみっぺ!
お地蔵さん
あ、また優しい顔のお地蔵さん!ん?今「よう来らったない」って言った?気のせいがや?
階段
あ、見えた!もっと近くに行きましょう!
景綱の木
で…でかい!!そして太い!!!景綱殿は偉大な方だったんですね!!!!!
墓標の一本杉
もうこれ読んだだけで泣きそう…歴史って奥深い!なんだか本物の歴女になる勢い(笑)
佐藤考郷の墓
あれ、これは誰だべ?さっきの松前家とは違うね。行ってみよ!
*佐藤孝郷とは*
1850年3月、仙台伊達藩の一支藩である白石藩の家老として刈田郡白石町に生まれました。戊辰戦争の時に官軍に抵抗した為、領地を没収された片倉家は北海道開拓を目指します。佐藤孝郷は、原野を開拓して道路を開き、住居の建設に努めました。この努力が認められ、白石村と命名されます。それが現在の札幌市白石区です。教育にも熱心に取り組んでいて、札幌市白石区白石小学校の前身の学校の創造者だそうです。
だから札幌市立白石中学校と白石市立白石中学校って姉妹校なのがや!なるほどー!!
佐藤考郷の墓
そうなんだ!出来る人だったんだね!←失礼な!
よし、次は松前家のところにいざ!
道
一番最初に会ったお地蔵さんのところから左にまっすぐ進むと…
片倉家墓所
あれ、片倉家墓所だって!覗いてみっぺ!
片倉家墓所 片倉家墓所

☆ここでちょっといい話☆
伊達家の為に一生懸命働いた初代景綱のお葬式の為に、政宗は自分の馬に景綱の棺を引かせたらしい…。

うわー!この話完璧に泣ける!!ちょっといいどころの話じゃないよー!!この話を聞いたねえさんもうるうるしてたよ!!(;O;)
そして…松前家ですが…鼻水拭くからちょっと待って!
松前家 松前家
*松前家とは*
松前家とは北海道唯一の大名で、松前安廣と2代重長の娘との間に生まれたのが3代景長です。跡取りがいなかった片倉家は、景長を養子として引き取ります。景長が白石城主片倉家を相続し、伊達家一門となっていますが、松前家と親族にあたり松前藩主が参勤交代の時は必ず白石に泊まり、片倉氏を訪問していたようです。
景色
なるほど!松前家も片倉家とゆかりがあるわけですね!わっ!!景色がすごーい!きれーい!白石市民で行かれた事ない方!ここは歴史を知らなくても、何かしら感じれると思います。さあ!早速行きましょう(^O^)/

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車で来てもOKですが、駐車場が少ないので環境に優しい自転車をおすすめします!観光でお越しの方はレンタサイクルをご利用下さい!白石駅、白石蔵王駅、白石城で借りられて、どこの場所に返しても大丈夫です。気持ちいいですよー!
ちなみに自転車だと白石駅から10分弱、白石蔵王駅から10分強で行けます。実際に行ってみたので確実です!!☆彡

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